1.実験室宇宙物理学

宇宙のエネルギー源は何か? 宇宙を飛び交う高エネルギー粒子はどこから来るのか?

こうした宇宙の謎を実験的に解き明かすのが「実験室宇宙物理学」です.宇宙空間には,たくさんの粒子が光とほぼ同じ速度で飛び交っています.こうした高エネルギー粒子の起源や加速機構についてはいくつか仮説はあるものの,実証に至っていないものが多くあります.実証が難しい理由は,宇宙は広大で我々が地上から観測できるものは「光」しかなく,観測用人工衛星を飛ばせる距離にも限度があるからです.

実験室宇宙物理学では,無衝突衝撃波や磁気リコネクションといった宇宙の現象を実験室で再現し,放出されるプラズマや,X線を観測します.近年の本研究室の実験成果によって,ベールに包まれていた宇宙の粒子加速の物理機構が少しずつ明らかになってきました. [Y. Kuramitsu et al. Nature Communications, vol. 9. 5109 (2018), 論文誌URL(https://www.nature.com/articles/s41467-018-07415-3)]

実験室宇宙物理学の研究は,言い換えれば“ミニチュア宇宙を創る研究”です.ただし,宇宙のすべてを実験室で再現できるわけではなく,ある特定の物理現象に着目し,ミクロスケールの小さな領域で現象の一部分を再現します.したがって,実験室と実際の宇宙を繋げる為にはスーパーコンピュータを用いたシミュレーションが不可欠です.本研究室では,実験・シミュレーションの両面から宇宙物理学に関する様々なトピックに挑戦しています.

本研究室では,世界最大級の大型レーザー装置である「激光XII号・LFEX」(大阪大学レーザー科学研究所,大阪)や「J-KAREN」(関西光科学研究所,京都)のほか,X線自由電子レーザー「SACLA」(理化学研究所,兵庫),重イオン加速器施設「HIMAC」(量子科学技術研究開発機構,千葉)での実験をはじめ,High-Field Physics and Ultrafast Technology Laboratory (National Central University,台湾),Extreme Light Infrastructure(ELI,ルーマニア)を含む海外機関と共同研究を行っており,国内外の最先端の研究施設を体験していただけます.

2.レーザー核融合

地球温暖化や地下資源枯渇の問題を背景に脱炭素社会の実現が叫ばれる中,持続可能な次世代エネルギー源として注目されているのが「核融合」です.太陽と同じ原理をもつ核融合は,「海水」を燃料資源とする発電方式であり,実質的に枯渇しないクリーンで安全なエネルギー源として世界中で研究が進められています.度重なる遅延と資金超過に苦しめられる国際プロジェクトITERを横目に,レーザーで駆動する比較的コンパクトな核融合方式「レーザー核融合」は大学を含む公的研究機関のほか,民間の核融合炉スタートアップが次々と登場しており,近年再び活気を見せています.

レーザー核融合では,高出力レーザーを使って水素燃料(正確には重水素と三重水素の混合物)を瞬時に圧縮・加熱し,太陽コアに匹敵する温度(数千万度)・圧力状態(数千万~数億気圧)をつくり出すことで核融合反応を誘起します.これはまさに“地上で太陽を再現する研究”であり,先述の実験室宇宙物理学に工学的視点を合わせた理工融合型の研究課題です.

本研究室では,レーザー核融合の主要課題とされる「流体不安定性の抑制」,「高エネルギー粒子の輸送制御」,「微小燃料ターゲットの製作技術」,「炉壁材料の熱負荷・放射線損傷対策」などの様々な要求を緩和し、より高いエネルギー効率を達成する手法として「高速点火」と呼ばれるレーザー核融合方式に着目し,以下のトピックに関して実験及びシミュレーションを行っています.[T. Gong, H. Habara et al., Nature Communications, vol. 10, 5614 (2019)]

  • 超高強度レーザーと高密度プラズマの相互作用
  • 超高強度レーザーとナノ構造ターゲットの相互作用
  • アブレーションプラズマ交差現象とエアロゾル形成
  • アブレーション物質による水素同位体取り込み現象

3.量子ビーム開発と応用

高出力レーザーを用いて荷電粒子を準光速まで加速する研究は1980年代から行われ,今も重粒子線がん治療をはじめ,産業,生命科学,材料科学など幅広い分野で注目されています.レーザーを使う利点は,従来型の加速器の1,000倍を超える非常に強力な加速電場(~TV/m)を形成できることです.これにより,ミクロスケールの小さな領域で荷電粒子をメガ電子ボルト(MeV)を超えるエネルギーまで加速することが出来ます.

本研究室では,このレーザー粒子加速の原理を用いて従来型の加速器を可能な限りコンパクト化し,高エネルギー電子やイオン,さらにはそれらの2次反応によって生成する中性子線などの「量子ビーム」を使って医療応用のほか,ラジオグラフィによる画像診断,爆発物検査など様々な応用の実現を目指しています.

本研究室が世界に誇る技術の一つは,「グラフェン」を用いたレーザーイオン加速法です.グラフェンは炭素原子が六角形格子状に結合してシート状になった物資で,この世で最も薄く,軽く,強い材料です.また非常に高い電気伝導度と熱伝導率を有する驚異の物質と呼ばれています.我々は,レーザーでこのグラフェンを打ち抜けるように両面が自由表面の大面積グラフェンターゲット(Large-area suspended graphene: LSG)を開発し [N. Khasanah, Y. Kuramitsu et al., High Power Laser Sci. Eng. vol. 5, e18 (2017)],その驚異的な薄さと強度,電気伝導特性を利用して非常に高いエネルギーのイオン加速に成功してきました [Y. Kuramitsu et al., in preparation].

また,最近はメガ電子ボルト(MeV)のさらに1,000倍高い「ギガ電子ボルト(GeV)」級のイオン加速を目指した研究にも取り組んでおり,レーザー粒子加速技術の習熟を目指すとともに,宇宙物理などへの新たな研究展開を模索しています.

こうしたレーザー粒子加速に基づく量子ビーム応用を実用的なものにするためには,非常に高い集光強度のレーザーを10~100 Hzといった高い照射頻度で安定して動作させる必要があります.これに加えて,レーザー照射位置に正確なタイミング,高い位置精度で照射ターゲットを連続供給する技術や,データ取得の自動化,膨大なデータを迅速に分析する技術などが必要となります.本研究室では,2021年度に着任した安部勇輝助教らとともに,こうした高繰り返しレーザー実験のための基盤技術の開発にも力を入れていきます.