1−4 損傷を持つタングステン中の水素同位体挙動の研究

 

 核融合炉では、重水素とトリチウムの核融合反応:D+T4He(3.5MeV)+n(14MeV)を利用してエネルギーを取り出します。しかし、14MeVもの莫大なエネルギーを持った中性子は磁場で閉じ込められないため、ほとんどそのエネルギーを失わず壁材料に侵入します。このような中性子には電荷がないため、いったん材料に侵入するとその奥深くに渡って照射損傷を与えます。照射損傷は、金属材料原子のはじき出しや格子の歪みなどを意味しており、この損傷量が大きいと、材料内では放射性物質であるトリチウムが溜まりやすい状況となってしまいます。特に、ITERでは炉内のトリチウム限界量が決まっている(~700g)ため、照射損傷を実際に与えた材料にトリチウムがどのように溜まっていくのかを調べる事は非常に重要です。

 

 本研究では、壁材料の候補材であるタングステンを用いて、上記のような損傷を与えた場合にトリチウム蓄積量にどのような影響があるのかを調査しています。実際の14MeV中性子でダメージをタングステンに与えた後に、トリチウムを蓄積させ、その蓄積量を測ることができれば最も望ましいのですが、実際にはそれほど単純な実験ではありません。14MeVのエネルギーで中性子を材料に照射できる装置では、ほとんど照射量を稼ぐことはできません。また、そもそも中性子やトリチウムで照射実験を行った材料は、放射性物質の取り扱いの問題があるため法規制の対象となり、研究室単位での使用が非常に困難です。よって本研究では、中性子で損傷を与える代わりに、タングステンに300~700keVイオンで損傷を与え、損傷を与えた後に、トリチウムの代わりに、同じ水素同位体である重水素をイオンビームで注入し、その挙動を観察しました。

 

 これまでの研究で、イオン損傷を与えたタングステンでは、損傷を与えていないものに比べて重水素蓄積量が非常に多くなる、という結果が得られました。そして現在主に力を入れているのが、こうして蓄積させた重水素の除去法に関する調査です。重水素の除去はすなわちトリチウムの除去を意味し、このような除去法の開発は安全面での重要な課題となっています。

現在までになされた水素同位体の除去法として@)熱処理による除去、A)同位体交換による除去が挙げられます。

 

 

 

 

 

 

@)熱処理による除去

 熱処理(Annealing)による除去は、下図のように文字通り溜まった重水素を加熱することによって除去する方法です。ダメージを与えたタングステンに注入した重水素は熱処理によって減少します。加熱時間は10時間ですが、300℃以上の熱処理では~90%もの重水素が除去できました。この結果から、核融合炉でも熱処理をすれば十分にトリチウム除去ができる可能性が示唆されました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1 熱処理による重水素除去実験

 

A)同位体交換による除去

 同位体交換による実験では、下図のように重水素が蓄積したタングステンに水素を注入することで重水素を追い出す除去法です。実験では、熱処理よりも低い温度(〜200℃)で〜80%の重水素を除去することに成功したため、今後のさらなる実験によりその有用性を確認する必要があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


2 同位体交換による重水素除去実験