3−2 様々な環境下で形成された炭素堆積膜の総合的理解

  熱に強く加工がしやすい炭素材料は工業分野でも様々な応用が行われる材料ですが核融合炉研究においても重要な材料です。これは、炭素の中性子による放射化が軽度であることと、なによりコアプラズマ中に粒子が混入した際の放射冷却が小さいこと(プラズマが冷えにくい)によります。一方で、炭素材料はイオンが入射した際に材料原子がはじき出されたり、水素と結合して炭化水素として放出されるなどの損耗が起きやすいと言う欠点を持っています。損耗率の高さは材料の寿命を考える上で重要な要素ですが、同時にスパッタリングされた粒子が堆積して形成する堆積膜も重要です。なぜなら、炭素は水素と化学的な結合をするため、化学結合を伴わないタングステンなどの材料と比べて大量の水素を堆積膜中に取り込むからです。このような堆積を「共堆積」といい、これは安全面やトリチウムの炉内自己充足の観点から重要です。

 当研究室では、上記のような観点から、形成された炭素堆積層の特性を調べることで除去手法の確立や形成時のメカニズムの解明を目指した研究を行なっています。

ラマン分光法を用いた堆積層の特性評価

 炭素堆積層の構造を知る上で有効な手法がラマン分光法です。ラマン分光法は、試料にレーザー光を照射し、反射光の中で周波数の変化した成分(ラマン散乱光)の周波数特性を調べることで試料の内部構造を調べる手法です。ラマン散乱についての物理的詳細は割愛しますが、炭素材料の場合、炭素原子同士のsp2結合から出力される成分(図1 Gピーク)と炭素が六員環構造をとった場合に出力される成分(図 Dピーク)が見られます。実際の解析では、DピークとGピークの強度比、Gピークの位置、Gピークの半値幅(ピークの高さの半分の位置での幅)といったパラメータを使って解析をします。過去の研究の積み重ね(様々な炭素材料の解析や理論的考察)から、これら2つのピーク構造を解析することで外見では分からない、炭素材料中の結合の情報が得られます。

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 イオンビーム・TEXTOR実験のラマンパラメータ
2つの実験の結果が連続に続く様子がわかる

堆積条件が堆積層の結晶構造に与える影響

様々な実験装置に形成された炭素堆積層のラマン分光研究から、結晶構造にたいして堆積時の温度が影響していることが観測されていましたが、トカマク装置などのような大きな装置では局所的な温度の測定は難しく、さらに不純物やプラズマの条件など、様々な条件が堆積層の構造に影響を及ぼしうるため、温度がどのように、どの程度堆積層に影響を与えるのかがはっきりしていませんでした。そこで、我々は、入射エネルギーやイオン割合をしっかり把握した炭素・重水素混合イオンビーム照射実験を行いました。この実験では、堆積層を形成する試料の一端を加熱し、試料表面の温度に勾配を作ることで、堆積温度が堆積層に与える影響を調べました。

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 イオンビーム・TEXTOR実験のラマンパラメータ
2つの実験の結果が連続に続く様子がわかる

 この図はその結果得られた結果を試料での位置(位置の変化=温度の変化)の関数としてプロットしたものです。図2右のグラフでは、2つのパラメータ(posG: Gピークの位置, FWHMG: Gピークの半値幅)が温度の増加に従って単調に増加していることがわかります、また、ドイツのTEXTORトカマクのエッジプラズマに挿入したタングステン試料の堆積物のプロットをつなげると、同程度の温度の部分でそれぞれの実験の結果が連続に繋がっていました。これは、堆積温度が2つのパラメータに影響を与えていることと、温度以外の条件(入射イオンエネルギー、不純物などなど)がこの2つのパラメータには強く影響しないことを意味しています。

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 各種条件で形成された堆積層のラマンパラメータ分布

 この図は様々な装置の堆積層のラマンスペクトルの解析結果を一つのグラフにまとめたものです。3つのトカマク装置(TEXTOR、JET、Tore Supra)と2つの実験室実験(イオンビーム、マグネトロンスパッタリング)の様々な条件の堆積層が存在しますが、すべての点が大まかに一つの直線上にのっていることがわかります。これは、これら2つのパラメータが不純物やイオン入射条件などに影響されず一定の関係を保っていることを意味します。

 これらの成果から、堆積層の構造について温度が影響を与える部分と別の条件によって変化する部分が分かってきました。