3−3 ナノ構造上の炭素堆積膜特性の解明

  核融合炉の炉壁材料にはタングステンだけでなく、炭素やベリリウムを用いることがITERでも予定されています。しかし、後述するタングステンナノ構造の形成が堆積条件や堆積物の特性に与える影響については未だ十分に調べられていません。当研究室では、核融合炉内でナノ構造が形成された場合の堆積への影響についての研究を行なっています。

タングステンナノ構造 

 タングステン表面にHeイオンなどを照射した際に形成されるナノメートルスケールの繊維状の構造を我々は"ナノ構造"、もしくは略称として"fuzz"と呼びます。これらのナノ構造の形成条件や詳細なメカニズムは未だ未解明な部分もありますが(当研究室ではその研究も行なっています、詳細は別項の解説を御覧ください)、タングステンへのHeイオン照射の場合では1,000℃前後の高温が必要なことが知られています。核融合炉でも炉壁の一部が高温になることが予想され、核融合反応によってHeが生成されることから、長期間の運転によってナノ構造が表面に形成される可能性が示唆されています。

炭素堆積層

 プラズマが材料に接触している場合、イオン衝突による材料原子のはじき出し(スパッタリング)とスパッタリングされた粒子の再堆積が並行して起こります。スパッタリングが多い場合には材料は磨り減りますし、堆積が多い場合には堆積層が材料表面に形成されます。その中で特に再堆積層にトリチウムを大量に取り込むことがある炭素材料の再堆積層は重要です。

タングステンナノ構造の炭素堆積促進効果(ドイツ, TEXTORトカマク)

C on nano W

 TEXTOR実験での試料の実験前後の写真
低温試料(350℃〜、図中右側)の試料では、ナノ構造上にのみ堆積があった

 我々はナノ構造が炭素を含んだ核融合炉プラズマに晒された場合に起きる現象を模擬するため、ドイツのプラズマ閉じ込め実験装置TEXTORのプラズマにナノ構造を形成させたタングステン試料を挿入し、前後の表面を観察しました。この実験はドイツのユーリッヒ研究開発センターとの共同研究として行われました。図1はナノ構造形成試料の前後の写真です。左が挿入前、右が取り出し後です。解析の結果、端の温度が350度程度の試料において鏡面上には炭素が堆積していないにもかかわらず、ナノ構造上には堆積しているのがわかりました。この温度領域では炭素が水素と結合して炭化水素として放出されるため、堆積は起こりにくいのですが、ナノ構造上が堆積を促進したといえる結果でした。

実験室実験によるさらなる観察

C on nano W

 ナノ構造上の堆積層の例
左はイオンビームによるもの
右はマグネトロンスパッタリングによるもの

ナノ構造によって炭素堆積が促進されることがわかりましたが、この原因を探るため、さらに我々は実験室実験を行い、検証しました。

ナノ構造上へのHiFIT装置を用いた炭素・重水素混合イオンビーム照射、マグネトロンスパッタリング法、の二種類の方法で炭素堆積実験を行った結果、次のような結果が得られました。
1. イオンビーム照射実験では、TEXTOR実験と同様に炭素堆積促進効果が見られた。(イオンビーム中の炭素濃度が低い場合でもナノ構造上には堆積層が形成した)
2. マグネトロンスパッタリング実験では、炭素の堆積はどちらの場合も同等であった。

これは、2つの実験の条件違いが炭素堆積促進効果の有無に関わっていることを示唆しています。これを踏まえ、我々はナノ構造による炭素堆積の促進効果は次のようなメカニズムによると考えています。つまり、炭素イオンが表面に入射する際、鏡面上では下の図の上部のように、イオンの反射や堆積した粒子の再スパッタリングが起こりますが、ナノ構造上では、反射したイオンや再スパッタリングされた粒子が別の表面に入射するため、炭素堆積が起こりやすくなっている、というメカニズムです。

さらに、ナノ構造上の堆積層の解析を行ったところ、ナノ構造上の堆積層は、特に数百nm程度の薄い堆積層の場合、堆積層の内部結晶構造(ラマン分光法より)や加熱した際の内部の水素の脱離特性(昇温脱離法より)などにも違いがあることがわかりました。これからさらなる検証が必要ですが、ナノ構造上の堆積層のトリチウム吸蔵量が平板上のものよりも高い、もしくは低い場合、これは炉全体のトリチウム蓄積量に影響を与える可能性があると考えられます。

様々な実験装置に形成された炭素堆積層のラマン分光研究から、結晶構造にたいして堆積時の温度が影響していることが観測されていましたが、トカマク装置などのような大きな装置では局所的な温度の測定は難しく、さらに不純物やプラズマの条件など、様々な条件が堆積層の構造に影響を及ぼしうるため、温度がどのように、どの程度堆積層に影響を与えるのかがはっきりしていませんでした。そこで、我々は、入射エネルギーやイオン割合をしっかり把握した炭素・重水素混合イオンビーム照射実験を行いました。この実験では、堆積層を形成する試料の一端を加熱し、試料表面の温度に勾配を作ることで、堆積温度が堆積層に与える影響を調べました。

C on nano W

 ナノ構造表面での現象イメージ