1−5 トリチウムを用いた水素同位体
蓄積・拡散の研究(共同研究(富山大学))

  本研究室では富山大学・水素同位体科学研究センターとの共同で、トリチウムを用いた材料中での水素同位体蓄積・拡散の研究を行なっています。

 トリチウムは水素原子に中性子が2つ加わった水素の同位体で、半減期は12.3年、β線を出して崩壊する放射性元素でもあります。核融合炉ではトリチウムと重水素(非放射性・水素に中性子が+1)を燃料として用いますのでその挙動の研究は重要です。

 富山大学・水素同位体科学研究センターは一般的な大学や研究施設では不可能なトリチウムを用いた実験を行うことのできる研究施設です。ここで我々はトリチウム自身の挙動を知るための研究や、トリチウムが出す放射線を使った蓄積・拡散に関する研究を行なっています。研究センターでは、他にもトリチウムの特性を利用した様々な応用研究が行われており、その応用範囲は燃料電池や触媒研究、新材料開発、医療技術など多岐にわたります。これはトリチウムの放射性物質であるという特性を利用することの有用性を示しています。

トリチウム利用の有用性

 材料内部に取り込まれたトリチウムは材料原子の結晶の欠陥(並びの乱れた部分や穴)に蓄積されます。核融合炉のような複雑な環境では、イオンによる損傷や堆積層など、トリチウム蓄積挙動が場所によって違います。材料に吸蔵された水素の測定には一般的に、高エネルギーイオンを用いる方法や、試料を加熱して出てきたガスを調べる方法などがありますが、定量の難しさや必要な装置の大きさなどの欠点が有ります。

 一方、非放射性元素に比べて扱いに細心の注意と管理が必要なトリチウムですが、トリチウムが崩壊するさい出るβ線(電子)を計測することで非常に感度良く定量・追跡が可能です。具体的には、試料に放射線(この場合トリチウム崩壊時のβ線)によって感光するフィルムを密着させて撮影することで、表面近傍(〜数μm)のトリチウムの表面分布を測定することができるイメージングプレート法(図1)や、薬液に試料の一部を溶解させ、溶液中のトリチウムを計測することで材料中でのトリチウムの材料中の分布を調べることができるエッチング法などがあります。これらの手法は簡易で定量性や大きな範囲の分布の様子を調べることができるなどの利点を持っています。

tritium

 IP法概略(左)と撮影したIP像の例(右)
IP法では右図のような画像が得られます。材料中の赤い部分はトリチウム量の多い部分、青い部分が少ない部分です。

タングステン材料中に存在するトリチウムの特性

トリチウムを用いた実験は現在、トリチウムを含んだガス雰囲気に試料を晒し、大気に取り出した後、内部に浸透したトリチウムを計測する。と言う手法で行なっています。

上の図にIP法で測定したタングステン材料の表面トリチウム分布を示します。図中下の表は、PSL値(トリチウム量に比例)の材料表面での平均値を示しています。一番左のHeイオン照射した材料の色がひときわ赤く、表面のトリチウム蓄積が大きいことがわかります。他の4つの正方形の材料はそれぞれイオン照射など行なっていない試料ですが、材料の作成手法の違いによってこれだけの吸蔵量の差があることがわかりました。これは材料成形や研磨の手法の違いによって表面付近の金属結晶の欠陥の量が違うことを示していると考えられます。

トリチウムガスに曝露したタングステン基板内部のトリチウム深さ分布をエッチング法を用いて計測した結果を示します。これはトリチウムガス雰囲気から大気中に開放してから24時間以上経過した試料ですので、ここで検出されるトリチウムはタングステン結晶中の欠陥に捉えられた(トラップされた)トリチウムであると考えられます。このグラフを見ると、表面から2~3μmの非常に狭い領域でのみトリチウムが大量に捕獲されています。これは、トリチウムを捉える欠陥が材料の表面に集中していることを示していると考えられます。我々はこれを研磨による圧力などが形成した欠陥であると考えています。

tritium

他種の測定などとの連携

トリチウム測定による研究は有用ですが、単独でできることは限られています。そのため我々は様々な他の手法との組み合わせた研究も行なっています。一例として大阪大学の当研究室のHiFIT装置で作成したタングステン表面に炭素イオンを照射した試料をNRA(核反応法、ドイツのマックスプランク研究所)測定装置で測定した結果得られた表面の炭素密度と、富山大学での曝露実験でのトリチウム量の比較などが挙げられます。詳細は割愛しますが、このように複数の装置や測定を組み合わせることで、共同研究ならではのオリジナルで多様な知見が得られます。