ナノ構造体を用いた超高強度場の生成

 

0.背景:光の高強度化

レーザーの開発から50年以上が経ち、レーザーを集光して得られる光強度は増大の一途を辿っている。右の図はチャープパルス増幅(CPA)法(*1)の開発者であるMourou2012年に出版したレビュー論文の図[1]で、レーザー強度の増加の推移を表している。Q-スイッチ法、モードロック法と並び、1980年代半ばに開発されたCPA法によって強度が大幅に上昇していることが見て取れる。縦軸は集光強度を表しており、グラフの色は、グラフ右側にあるレーザー電場による電子の振動エネルギー帯によって区別されている。青色の領域、レーザー強度が1015W/cm2を超えてくると多光子吸収などの非線形現象が顕著になり、また緑色の領域(IL>1018W/cm2)ではレーザー電場によって振動する電子の振動エネルギーが静止質量を超えるため電子の挙動に対して相対論的な取扱が必用となる。さらにこの領域では光の強い輻射圧によりメガ電子ボルトを超えるレーザー粒子加速が可能となった。現状では米国ミシガン大学や日本の関西光科学研究所にて1022W/cm2という光強度が得られており、欧州の極限光基盤研究機構核物理研究所(ELI-NP)では1023W/cm2を実現する施設の建設が進められている。

 

黄色の領域、つまり強度が1025W/cm2を超えるようになると、今度は陽子の振動エネルギーがその質量エネルギーを超えるようになり、中性子星内部のようなクォークグルーオンプラズマの生成が期待されている。さらにオレンジ色の領域では、真空中にそのような高強度場が存在すると場のゆらぎが大きくなり電子・陽電子対が生成することが理論的に予測されており、宇宙の初期構造を考える上で強い興味を持たれている。このように光の高強度化が進むにつれ、光で操作できる対象が分子から原子、原子核、真空へと拡大していく。そのため、高強度場に対する学術的な興味が寄せられているだけではなく、コンパクトで高効率な電子、イオン、X・ガンマ線源として、またμ粒子や陽電子などのエキゾチックな量子ビーム源としても期待されており、世界中で活発な研究が行われている。

 

光強度を上昇させる手法としては、I. レーザーエネルギーの上昇、II. パルス幅を短くする、III. 集光系を小さくする、必要がある。レーザーエネルギーを上昇させるためには増幅器を追加していく必要があるが、レーザー媒質への熱的ダメージを避けるためにレーザー径を拡大し、エネルギー密度を下げる必要があるので、光学系及び装置全体の大型化が避けられない。ファイバーレーザーをバンドル化し、コヒーレント結合させて超高強度短パルスレーザーとする計画もあるが、各ファイバー間の位相ずれの制御が本質的な課題である。パルス幅を短くするためにはレーザー波長を広帯域化する必要があるが、レーザー媒質の利得によって制限されており、既に広帯域化が進む高強度レーザーの場合現状からの大きな改善は困難である。レーザーをレンズや集光鏡で集光する場合、その集光径は光の波動性によりフーリエ限界で決まる値までしか小さく出来ない。従って小さい集光径を得るためには、レーザーの波長を短くするか、集光鏡の開口径を大きくする必要があり、前者はX線自由電子レーザーを用いることでナノサイズの集光が[2]、後者はプラズマ集光鏡を使うことで波長以下の集光径が得られている[3]が、X線の高強度化やアライメントの安定性に大きな困難が生じている。

 

 

1.ナノフォトニクスの適用

近年、微細加工技術の進展により、ナノサイズの構造体を作ることが可能となっており、例えば最新のCPUなどは数ナノサイズの加工によって作成されている。このように光の波長以下の構造を作り出すことができるようになり、近接場のような光の特異な現象を直接利用できるようになってきた。それとは別に、高強度レーザーを用いた粒子加速の分野では高強度レーザーをナノ構造体に照射することにより高エネルギー粒子やX線の生成効率が大幅に向上することが実験的に確かめられており、構造上における電界集中や相互作用表面積の増大によるものと考えられてきた。

 

我々のグループはその相互作用の物理をナノフォトニクスの理論で再定義し、積極的に利用することで局所的に電場を増強し、ナノフォトニクスで予測されている数100倍、数1000倍といった電場増強を高度レーザーで実現し、相対論的プラズマや真空場の理解、また効率的な量子ビーム源とすることを目指して研究を行っている。

 

1−2.表面プラズモン共鳴の利用

光が物質に照射されると、表面において光の電場により電子が振動し(電気双極子の励起)、表面に沿って縦波である振動波が電場を伴って伝搬していく。それを表面プラズマ波、または表面プラズモンという。このとき、物質の誘電率の実数が負で、光とプラズマ振動の周波数と波数が一致するとき、表面プラズマ波が共鳴的に励起され、表面において局所的に電場が増強される。この現象を表面プラズモン共鳴(Surface Plasmon Resonance; SPR)という。我々は上記の条件を満たす、超短パルスレーザーに最適化された回折格子を用い、インド・タタ基礎科学研究所との共同実験を行った。下の図はその実験セットアップと代表的な実験結果であり、表面プラズモン共鳴条件を満たす場合のみ、生成される高エネルギー電子のフラックスが数倍増加した。また、レーザー軸方向だけでなく、回折格子の形状に応じた方向に電子の放出が観測された。詳細なシミュレーションを用いた解析により、表面で電場が5倍程度増加したことが示され、物質が瞬時にプラズマ化される高強度レーザーであっても局所的な電場増強が可能であることを示した。さらなる高強度化に向けた最適化のため、形状や材質などの再検討、表面電場の絶対評価の手法の開発などを進めている。

 


表面プラズモン共鳴条件は、通常ある一つの波長に対しての共鳴条件である。実際はある程度のバンド幅があるが、レーザー波長のバンド幅が100nmを超えるような超短パルスレーザーでは波長の一部しか吸収されないことが考えられる。そこで吸収(共鳴)波長帯を拡大し表面電場を増強させるための新しい構造として、上に示すように2つの回折格子が重なる2段回折格子を考案し、その周波数特性を調べている。共鳴波長帯域が明確に2つ得られ、表面場は最大で100倍増強する可能性があることを示した。電子ビームリソグラフィーによる作成を進めており、近日中にレーザー実験を行う予定である。

 

また実際の実験では高強度レーザーによって表面がプラズマ化している可能性がある。臨界密度以上のプラズマであれば共鳴条件を満たすので表面場の増強は可能であるが、その増強率が表面のプラズマ状態(電離度等)により異なることが予想される。表面の状態を正確に理解するため、固体からプラズマに変化する過渡的状態、いわゆるウォームデンスマター(WDM)研究で取り入れられている様々な手法を用い、一例としてポンプ・プローブ法による空間的なプローブ反射率計測[4]などを行いその状態を探っている。

 

1−3.ナノ集光鏡による自然追加集光

ナノからマイクロサイズの空孔を表面に持つ金属フォームターゲットにレーザーを照射すると、生成される高エネルギー電子のフラックスが30倍以上増加する結果が得られた。空孔サイズを変えた実験、及び詳細なシミュレーションにより、空孔内部でレーザーが反射・屈折することで空孔内部の波長程度の領域に集光し、高強度化する事により高エネルギー電子の生成効率が向上することが明らかとなった。これはいわば空孔がプラズマ集光鏡として働くことを示しており、集光鏡とターゲットが一体となることでアライメントの問題もなく、効率的に高エネルギー電子が得られる構造である。

 

また空孔サイズによって集光されるレーザーエネルギーが変わるため、例えば10µmの空孔を用いると、平板ターゲット上に集光する場合に比べ10倍程度の追加集光が得られる一方、集光される位置は空孔表面から離れたところになるため、相互作用に関与せず、高エネルギー粒子の生成という観点からは生成効率が減少する。従って、空孔の形状を用途によって使い分け、空孔表面に近いところに集光する場合は粒子加速に利用、また表面から離れた場所に集光される場合は高強度場として別途利用することが可能となる。

 


1−4.ナノワイヤを用いた超高温高圧状態の生成

カーボンナノチューブなどのナノワイヤは2次元的なナノサイズの端面に対し、マイクロ・ミリサイズといった長さを持つため、右図にあるような一方向に配列させたナノワイヤアレイにレーザーを照射するとレーザーエネルギーをほぼ100%吸収する[5]。実験においても高強度レーザーを照射することでレーザー核融合爆縮プラズマに匹敵するような高温高圧状態が実現されており[6]、更なる超高強度レーザーを用いることで恒星内部に匹敵する状態を作り出す国際共同研究が始められており、我々も参画している。

 

またそのようなプラズマは効率的に粒子ビームを生成することも可能となる。我々は2次元配向シリコンナノワイヤアレイに高強度レーザーを照射することで、構造のない平板ターゲットに照射する場合に比べ、特性X線強度が数100倍増強することを見出した。この結果は、kHz程度の高繰り返し高強度レーザーを用いると、市販のEUV光源に匹敵する平均出力を持つ軟X線源となり、将来のサブナノメートル半導体生成プロセスに大いに貢献する可能性があり、下に述べるようにシステム化する技術の開発に力を注いでいる。

 


1−5.ナノ構造体の生成

これらの実験で用いているナノ構造体は、東京工業大学、大阪大学産業科学研究所、関西大学、九州大学などとの共同研究により、電子ビームリソグラフィー法、化学エッチング、パルスレーザープラズマ堆積法(PLD)、熱化学気相蒸着(CVD)などを用いて作成を行っている。より正確な構造の制御、構造の大きさの上限、下限の拡大に向けての開発を継続して行っている。

 


2.連続供給システムの開発

量子ビーム源として実用化するためにはターゲット供給から計測までをシステム化・自動化し、連続的に運転していく必要がある。そのための基礎研究に取り組んでおり、現在固体のサブミリ直径の球ターゲットを10Hz程度に連続供給する技術、取得した画像データを自動認識してエネルギースペクトルなどの数値データに連続変換する技術の開発を行っている。更にターゲット供給を真空中で行い、繰り返しもkHzレベルで行うことが可能な技術の開発に取り組んでいる。

 


 

3.研究装置

高強度レーザー装置は我々の2.5TWレーザーを用いた実験だけでなく、インド・タタ基礎科学研究所の20TW/100TWレーザー装置、米国ミシガン大学Herculusレーザー装置を始め、米国ロチェスター大学大学Omega/OmegaEPレーザー装置、MTWレーザー装置、英国Vulcanレーザー装置、フランスエコール・ポリテクニーク、EFILEレーザー装置、大阪大学レーザー科学研究所LFEXレーザー装置などの装置を共同研究を通じて用いている。

 

 

またシミュレーションも行っており、我々の所持するサーバー群、核融合科学研究所や九州大学のスーパーコンピュータを使った解析などを行っている。

 

 

4.レーザー装置の高強度化

ナノ構造を用いて局所的に電場を増強するだけでなく、レーザー装置の改良に関しても研究を行っている。一つはスペクトル制御による短パルス化[6]で、近年では既に音響光学素子などを用いてスペクトル制御を行うことで短パルス化する技術が実用化されている。もう一つが大型レーザー装置のための分割回折格子のアライメント手法の開発で、大きなサイズの回折格子の制作が困難であるため、空間的に分割された回折格子をパルス圧縮機として用い、フーリエ限界に近いパルス幅と集光径を得るアライメント手法を開発した[7]

 

 

(*1)チャープパルス増幅(CPA)法:レーザーを空間的に拡大してエネルギー密度を下げるのではなく、時間的に拡大することでエネルギー密度を下げ、増幅後に時間的に圧縮することでレーザーへのダメージを避けつつ高いピーク強度を得る手法。回折格子対を用いて波長間の光路差により時間差をつける。またフェムト秒程度の非常に短いパルス幅を得るために広い波長帯域のレーザー媒質が必要となる。

 

[1] G.A. Mourou, N.J. Fisch, V.M. Malkin, Z. Toroker, E.A. Khazanov, A.M. Sergeev, T. Tajima and B. Le Garrec, Optics Communications 285 (2012) 720.

[2] H. Miura et al., Nature Communications volume 5 (2014) 3539.

[3] M. Nakatsutsumi et al., Opt. lett. 35 (2009) 2314.

[4] 米田仁紀, J. Plasma Fusion Res. 81 Suppl. (2005) 172.

[5] H. Habara, S. Honda, M. Katayama, H. Sakagami, K. Nagai and K.A. Tanaka, Physics of Plasmas 23 (2016).

[6] M.A. Purvis, V.N. Shlyaptsev, R. Hollinger, C. Bargsten, A. Pukhov, A. Prieto, Y. Wang, B.M. Luther, L. Yin, S. Wang and J.J. Rocca, NATURE PHOTONICS 7 (2013) 796.

[7] H. Habara, R. Kodama, M. Mori, K. Sawai, K. Suzuki, Y. Kitagawa and T. Yamanaka, Optics Communications 233 (2004) 173.

[8] H. Habara, G. Xu, T. Jitsuno, R. Kodama, K. Suzuki, K. Sawai, K. Kondo, N. Miyanaga, K.A. Tanaka, K. Mima, M.C. Rushford, J.A. Britten and C.P.J. Barty, Opt. Lett. 35 (2010) 1783.

 

 

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